漫才殺し

私はたった今世にも恐ろしいものを目撃してしまいました。
そしてそのために激昂しています。すいません。本当はこの記事は書かないべきかもしれませんが、自戒もこめて書きます。

今日板尾ロマンの初回が放送されました。一つ前の記事で書いたように出演者はチーモンチョーチュウ御茶ノ水男子ジューシーズスリムクラブです。今回は初回ということもあり、代表作を番組独自の演出で見せるというものでした。
そしてその演出がもう各組まちまちで、必ずしもいいものではなかった。

もうはっきり言います。チーモンチョーチュウの三文字ネタ「服屋」を今回実際にショップで撮影し、映像化していたのですが、それがひどかった。余計な説明的な映像を粗い編集で加えたことにより、漫才のもつ言葉だけで脳内にイマジネーションを広がらせることによって、それを自在に変化させ楽しませるという面白さが見事に消えていました。彼らのネタの持つ、言葉遊びの面白さ、そこから広がる絵の豊かさというものが、無粋な演出で見せられたことによって、魅力を失っていた。これはネタ自体、漫才への冒涜にほかならない。チーモンの不可思議でいびつな世界観が全然伝わらないものだったと思うのです。

以前友人と話したのですが、コントの映像化には大きくわけて二つある。最近のネタ番組で主流だった、基本的にネタをそのままやったものを複数のカメラでとり、全体の尺はかわらない、リアルタイムなものにしてアップを織り交ぜながら編集するもの。ドリフやウッチャンナンチャンのやりかたです。もう一つはダウンタウンのごっつええ感じなどの手法でいわゆるドラマの編集に近いもの。いわゆる細切れに間も編集でコントロールしているもの。これはうまくやれば、映像としての面白さが出せますが、もともとのネタの持つ時間軸を変化させてしまうために、完成度の高いものであればあるほど、そもそものネタの持ち味を損なう危険性があります。(それぞれの芸人さんが必ずしもこのフォーマットのみの映像を使っていた訳ではありません。簡易化ですので、あしからず。)
そしてチーモンの間を極限まで洗練させた三文字ネタ漫才は、みごとに切り刻まれてしまった。。。

はあ。本当にショックなのです。
しかし人様の作品を演出するとはこんなにも恐ろしく責任のあるものなのかと戦慄しました。自分も気をつけよう。ほんとにって思いましたね。

まあ初回なのでこれからどうなるか分からないし、ロケコントになったら急に面白くなるかもしれないので、とりあえずなんとか気持ちを落ち着けて次回を待ちます。

取り乱して、ぷるぷるしながら書いたエントリですが、たまには厳しい事も書こうと思って書きました。私は本当にチーモンのネタが面白いと思っていて大好きなのです。チーモンが大好きでリスペクトしているからこそ、彼らの魅力は最大限生かされた形で伝わって欲しい!

どうか、映像化するならば、どういう映像表現にすれば魅力が伝わるのか、加味されるのかということを考えて番組を作って欲しいのです。

とりあえずチーモンについて書きました。
もう一組の最愛芸人御茶ノ水男子についてはまた次回!

チーモンチョーチュウと御茶ノ水男子に深夜コント番組のレギュラー決定!

随分前からツイッターでざわざわしていましたが、本日ついに情報解禁!

『板尾ロマン』
2010年10月23日(土) 深夜2時05分〜深夜2時35分
http://www.tv-tokyo.co.jp/program/detail/21367_201010232605.html

出演:板尾創路 チーモンチョーチュウ ジューシーズ 御茶ノ水男子 スリムクラブ

>不況…。テレビ界、お笑い界にも、その流れは否応なしにやってきている。そんな経費削減の中…海のものとも山のものとも分からぬ若手芸人たちをメインとした番組が始まる。非常にばかげた金の使い方である。ばかげたはなしであるが…これはロマンではないか?こんな時代だからこそ…夢を買う!この番組はそんなロマンある“コント番組”である

はあああ。私の最愛するチーモンチョーチュウ御茶ノ水男子が一緒にテレビに出るなんて!どうも妄想をテーマにしたコント番組のようで、今から楽しみです。
番組説明にいきなり不況って書いてありますねwあはは。不吉でいいですねw
しかし、不況だからこそ、ギャラのかからない若手を起用しての新番組でしょう。何がチャンスになるかわからないですねえ。
業界の友達にちらっと以前聞きましたが、そもそもお笑い番組は比較的低予算で作れるとのこと。それでそもそものバラエティ全盛、ネタ番組全盛期があったわけですが、一度飽きがきたせいか、それともそれすら採算がとれなくなったのか、ゴールデンのネタ番組は全て終了。そして、そういったゴールデンにもほとんど出ていなかった超無名芸人を使って深夜での仕切り直しになったんですかねえ。
まあ、そういった業界の裏事情に対する憶測はさておき、この新番組は本当に期待が持てます。
個人的にずっと新世代感を持つと思っていたチーモンと御茶が出るんですから。彼らは常にコントやお笑いの前提を突き崩し新しいものを生み出そうとする人達です。時にお笑いというジャンルすら飛び越える柔軟さを持っていて、なんとも新鮮でアーティーです。
もしかしたら新鮮すぎてきょとんとするかもですが、世界感が分かってくれば絶対に面白いはずですし、必見ですね。
世界感に誰もが懐かしくなる子どもらしさもあり、じわっときたり、胸がひりひりするような感じもある。そういうのが出たらいいなあと楽しみです。

ショータイム 2010/10/5

ショータイムは畑中しんじろう氏を中心とした歌とコントのユニットライブです。御茶ノ水男子も出ているので、前回の朝練に行き、しんちゃんのできるっぷりと皆のきらきらぶりにハートを鷲づかまれたので、わくわくしながら行って参りました。
いやー、ほんとにすばらしかった。なんとも盛りだくさんなライブでした!
前々から思っていますが、芸人さんのライブを見ているとあまりに青春のような何かが放出されていることがあり、胸がぎゅっと締め付けられます。そしてこのライブもまさにそういうものでした。

・OP
皆白シャツ黒いパンツネクタイで、粋な感じで登場。スタイリッシュな中に混じる担任の先生犬の心池谷氏がご愛嬌。

・シンクロ
水色のシートの影で水着着用の皆様がシンクロを模したダンスをするわけですが、あわせるのが大変そう。後半馬のマスクをかぶったりとなんとも楽しげでしたね。EDトークによれば、拍をあわせて踊るのが大変で、部活みたいだったとか。青春だね!

・日常にある風景
マイムで色々な日常を切り取るもの。
強風にあおられたり、キャッチボールしたり、壁の裏で色々したり、釣りしたり、電話ボックスに閉じ込められたり。
御茶は釣りのマイムをやってましたよ。背中合わせに釣りをすると釣り針が相手の顔にひっかかっちゃうというもの。ふふふ。楽しそうだった。
全体的に王道のマイムを楽しくやっている感じでしたねえ。ストレートな感じがとても楽しい。

・音合わせトーク
普通にびっくりした話を始めるんですが、途中で色々な音がかかるので、それにのっかった上でオチまで辿り着かないといけないので、皆苦戦してました。
でもピク兄や池谷氏はさすがの上手さ。芸歴がでますねー!

・尾形と林の恋物語
ドラゴンボールの「でてこいとびきりZENKAIパワー」の歌詞にあわせた振りをしつつ、二人が恋しているみたいな展開するもの。
こういう歌詞にあわせて振りつけるってどこの伝統なんだろう。ドラアグクイーンとかがよくやってる気がするけど。誰もが楽しめる感じがいいですねえ。林氏のくねっとした動きが愛らしくて虜になりました。

・プロポーズ
前回の朝練でその場でしんちゃんが振りつけた「They don't care about us」を使ったもの。なぜかプロポーズのコントから始まってました。元の歌のもつシリアスさを完全に吹き飛ばしてエンタメにしてしまうところが清々しいですwライトセーバーを使う振りや殺陣が本当にかっこよくて、これは毎回見たいくらいです。しかしマイケルってすごいのね、とか妙なところに関心を。彼の曲はどういう風に演出しても、何をやってもゆるがないかっこよさ。二次製作をどんだけされてもいいのね!

・谷の精霊
Radwimpsの「指きりげんまん」にあわせてのダンス。最初にコントから入ってましたね。これも。衣装はブルーのビニールのレインパーカーの袖をちょんぎって半袖にしたものに、白い短パンにももひきw
精霊族vs闇族。しかし精霊は力を戦いにつかってはならない。一人幼い精霊(ピク兄)は戦いに参加しないでいいように、翌日に兄と遊ぶ約束を指切りげんまんしてから、真実は何も知らないまま眠りにつく。そして戦いになるが、精霊族に必然的に訪れる敗北。そして一人残ったピクニックは強くなると誓うのだった。
みたいなストーリーをコントで設定を説明して笑わせた後にやるんですが、戦いのシーンとか最後にピク兄が最後に強くなると誓うところとか妙にじーんときちゃいました!
Radwimpsの曲がとてもシンプルで切ない感じのものなので、本当にじわじわきちゃいました。曲ありきでやってるのでしょうが、うーん、もともとある曲を最解釈してコントおよびダンスにするって面白いですね。アナザーストーリーでありながら、も歌がもともと持つ世界に重なるようで。世界感がレイヤーになっていて、とても面白いし、感動しやすい構造だな、と思いました。

そしてEDトーク
マイクでおこちゃ氏がナレーションをしていたのですが、最後もメンバーをいじってました。特に私が印象的だったのは「シンクロ」の練習がほんとうに部活みたいだったということ。
朝練から見ていて思うのは、振り付けして練習する風景を見せ、成長過程を見せる事により、観客の思い入れと見守る姿勢というのはこんなにも強化されるものか、ということです。部活を見守る親あるいは教師のような気持ちでどきどきはらはらするわけです。そして面白いライブに必要なのは必ずしも完璧なパフォーマンスではない、ということ。むしろ未熟で必死な姿を見ることにより、応援する気持ちは高まるのです。そして、実は未熟で一生懸命な姿をエンターテイメントとして楽しむという見方が実はとても楽しいのです。
映画やドラマのウォーターボーイズなんかに顕著ですが、男子が複数で部活等を頑張る姿を見守り応援するというタイプのエンターテイメントは実はとても強固なジャンルですね!
そして畑中しんじろう氏がリーダーを務めるユニットがその構造を見事に体現している!すごいですよ!これは、ジャニーズを応援するのと似ていますね。彼のもつ爽やかさ、ぬけているところ、だから周りが手伝ってくれるところ、そして実はがんばりやみたいなキャラクターは実は得難いのかも。どんどん、ユニットやっていってほしいですね!すばらしい!
おそらくリピーターがとても多いライブなのだと思いますし、これからも一度足を運んだら、次はどれだけ上手くなっているかが気になってしまうはず。是非皆様どうぞ!

なにせ次回はお正月時期に品川ステラホール、キャパ700人ですって。
実はこの記事も宣伝しないと埋まらないかも!と思って書いたのでしたw

おまけ:御茶ノ水男子について特に語ってませんが、ずーっと見ていて、一生懸命でいいなあどきどきしていたので、もうそれだけです。しいはし氏の殺陣がすばらしく、さとう氏の決めポーズがジョジョ立ちみたいだったので、お腹いっぱいなものでw

差し漫才:ブロードキャスト×チーモンチョーチュウ

9/18に浅草花月で行われたブロードキャスト主催の差し漫才に行ってきました。もともと前評判のいい、たっぷり漫才が見られるライブとの事で、チーモンとブロキャスの組み合わせなんて、絶対面白いに違いないと思っていました。そして噂によると長尺の漫才が見られるという話でしたので、それはもう期待に胸膨らませて行ってきたのです。
と、こ、ろ、が!
なんとチーモンはまともな漫才を一本しかやりませんでした!
このライブでは二組が交互に出てきて、思い思いの長さのネタを披露し、1時間経過したらネタは強制終了になります。わざと短いネタをいれて、相手をきりきり舞いさせたりする、というのも恒例だとか。
そして、チーモンがやったのは、ひたすら自己紹介のネタ「どうも、コーモンチューチューです!」とか「コーモンスースーです!」やその他の一発芸をやったりするショートネタを突っ込みつづけるという、「ブロキャスを困らせる」というものでした。
最初何回かはブロキャスもショートネタで返していたものの、根が真面目で、お客さん思いなせいか、きっちりとロングネタをやるので、結果としてほとんどブロキャスばかりがネタをやっている状態。
しかしながら、全体の印象として、チーモンがブロキャスを困らせ、操っている感じなのです。二人が出てくるたびに、なんともいたずらっこな笑顔を振りまき、きらきらしているので、本当に楽しかった。一応最初にショートネタをたくさんやって、中盤は4分くらいのをやって、最後をショートでしめるとう構成で合計14本用意していたとか。白井氏によれば、「ライブ中にもどんどん思いついちゃって!」という状態だったらしいですよ。
つまりチーモンは「差し漫才」というライブの構造自体にのりつつも、ぶっこわす、ブロードキャストを困らす!というライブに変化させてしまっていて、それがとても面白かった。つまりはルールにのりつつも、そのライブを壊してしまうというようなことをやっていたわけです。だから、ライブ自体を俯瞰する視線でみれば、メタレベルでとても面白かったのです。
チーモンはネタのレベルで、色々な前提を覆すことはよくありますが、ライブ全体のレベルでそれをやってのけるとは思わなかったので、とても新鮮でしたねー。
これは質の高いネタをやるブロードキャスト相手に対する信頼が絶大だからできたこと。彼らがちゃんとした漫才をやるからこそ、ライブの枠組みを破壊しても、おもしろかったし、チーモンとの対比が際立った訳です。そして、チーモンが本当にブロキャスをすきでライブを楽しんでいるのも伝わってきました。
もちろんネタをたっぷり見たかった人には不満が残ってしまったようですが、それはそれとして、なかなか楽しくて新しいライブだったと思います。ある意味事件でしたしね!

ところで、ちょっぴり気になった事。
上記のようなライブだったために、途中からチーモンファンとしては妙なスイッチが入ってしまいましてね、困るブロキャスがほんとにおかしくなってしまったのです。ネタ面白いなーというのがもちろん前提にあるんですけど、真面目に刑事のネタで背を向けて銃をかまえる房野さんが本当におかしくて、吹き出してしまいました。ところが、吉村さんが、どうも笑いどころじゃないとこで客が吹き出すのに対して、いらついてしまって半ば半切れになってしまってました。「変な顔してないよ!なんで笑うんだ!」と。どうも笑わせたいところじゃないところで笑いがおきるというのは、違和感があるみたいですね。
明らかに一部の客はネタ自体でなく、ライブ自体がおかしな方向に向かうのを笑うスイッチが入っていたので、細かいところが滑稽にみえていたのだと思います。そして、そういうメタな視点、一歩引いた視点で笑うという行為自体に対して、許容できる人と出来ない人がいるのかなと感じました。
ただ、メタに笑い方をするにしても、その対象自体に対する愛が深いことが前提ですし、全ての作品は見る側にも自由に楽しむ権利があります。意図通りじゃない解釈があっても仕方ないのです。その辺は分かっていて欲しいなあと思いました。そして、どこか笑うと言う行為が、演者の意図以外に発動した場合、バカにするようなニュアンスを感じ取られることが多いですが、必ずしもそうじゃないはずです。お笑いはそういった負の感情を含みつつも許容させる不思議な力があるはずです。どうか、それを全ての人が共有しますように。お笑いというジャンル自体に対する、どこか下位文化だという意識(コンプレックス?)がそういったものを生んでいるようで気になっているのでした。
そして、私は怒る姿をみて涙を流して笑いました。大変申し訳ありませんでした。でも好きなんです。許して頂きたい!

紅十:千秋楽(思考の断片備忘録)

『紅十』千秋楽へ行ってきました。とても楽しかったです。そして私にとってはさらにコントについて考えるきっかけとなりました。
つまり、笑いと物語の関係性について。笑いや感動などをうみだす物語とはなんなのだろうか、そして必然なのだろうか?と。

はっきりいって『紅十』の物語はベタです。一人の女「紅子」をめぐる十人の男の恋愛悲喜劇で、笑ってなおかつじーんとくるような。ほぼ全ての男性キャラが一人の女性に恋をするのもよくあるパターン。最近の少女漫画によくあるタイプですね。いわゆる逆ハーレム状態。これだけ様々なタイプのキャラが出てくれば、誰かしらにはまれるもので、幅広いターゲットを得られるなかなか効率のいい手法なわけです。そして、物語としても予想を裏切る展開は一切ないと言っていいでしょう。(少なくとも今のところは。)

さて、ここで私に浮かぶ疑問は、「この物語は、必要なのか?」というものです。果たして、私が舞台を見ながら得ている快楽に物語が必然なのだろうか?と問わざるを得ない。おそらくは、この物語はキャラクターを立たせる為だけに存在している。だから、物語自体が新しいものである必要も何もない。つまりはこの『紅十』という舞台は、キャラクターを動かすための装置に過ぎないのではないか?物語はあくまでも最低限の要素なのではないだろうか。そして、効率よく感動するためには、誰もが簡単に理解できる、クリシェで編まれた物語が最大限の効果を持つのではないだろうか、ということです。そして繰り返しますが、そういった良くも悪くもありきたりな物語を魅力的にするのは、キャラクターの演技力や魅力に他ならないのだ、と。そして、今回は保留しますが演出の力。

そして、私がここで思いだすのは、KOCの予選で見た数々のコントや、最近好きなコントについてです。ラブレターズ御茶ノ水男子のコントを見て感じる感動はなんなのでしょう。特にラブレターズが環八でやったネタがもつ心ゆさぶる力。特にラブレターズのネタはとてもシンプルなストーリーでした。ある意味よくある話。それでもその世界感の吸引力は素晴らしいものでした。
KOCの予選で見るネタは物語として見るには余りには短いのです。だから、必然的に私の目についたのは、キャラクター自身の力と、ネタの流れや構造の鮮やかさ。そこで語られる物語の質や、共感力は重要度が低く感じました。あるいはすぐにストーリーの展開が予想できるもの以外はなかなか伝わりづらいようにも感じたのです。

お笑いと物語という問題について、考えてみたところ、神保町花月という、長い時間の中で物語を見せる場合でも物語が必ずしも必要ではなく、KOCのコントでも物語をあまり感じない。
やはり物語は消失したのでしょうか。そんなはずはないのです。にも関わらず、物語自体はある種のクリシェステレオタイプの積み重ねであり、むしろそれを編むための形式やキャラクターが肥大化している。
つまり物語の型や、骨格だけは厳然と存在している。表層だけがあり、深層がない物語。だからこそ、いかようにもキャラが動きまわれるのではないでしょうか。背景から自由だからこそ、演者である芸人のキャラのままでも構わないし、おおいに遊んでもかまわない。そういったあり方がある種、奇妙な笑いと感動を引き起こしているようです。
そして、それは私にとって非常に異様な出来事で、舞台を見終わった後から気持ちの所在が定まりません。
とはいえ、なんだか面白い現象ですので、今後また考えてみたいと思います。

しいはし氏ブログによると、泣かせたら勝ち!だったようなので、いわば勝負に負けたんですなwしかしなにか釈然としないのだ!不思議ですw

漫才とコント比較:集約と拡散

漫才とコントは何がどう違い、何が共通しているのでしょうね。
漫才とコントを全く異なるジャンルのものとして、捉える事自体、もしやナンセンスかもなとは思うものの、やはりどちらかを得意とする芸人が多いのも事実で、多少気になる問題ではあります。

以前漫才とコントをチャート化してみたりもしました。
漫才http://d.hatena.ne.jp/punch-line/20090517/1242570320
コントhttp://d.hatena.ne.jp/punch-line/20090518/1242618799

でも今はそういうことよりも、それぞれの表現の志向する方向性のほうが気になります。

一言で言うと、漫才はミニマルでそぎ落とした表現へと集約していくのに対し、コントはマキシマムに、無限に広がるという感じでしょうか。前者はミニマルな表現で想像力をいかに刺激するか、後者は表現がマキシマムに広がる可能性の中で、どうやって世界を限定し、切り取るか、というような違いを感じています。

漫才はやはり話芸です。セットも何もない中で、会話とマイクの前という限定的な場所でのジェスチャーによって、様々に無限の想像力を刺激するのが魅力です。つまりは、いかに何もないところから、世界を構築するか。限定的な中でいかに、広がりを生むかが勝負な気がするのです。

一方でコントはテレビなどの場合ではセットなどもあり、ある程度世界感があるなかで、色々はストーリーを描くもので、より総合的なものです。舞台ですら、簡易なセットはあり、物語世界により簡単に入れるような仕掛けがある。そして、ストーリーの描きかたはそれこそ無限にあり、どんどん世界は拡張し、場合によっては霧散すらしてしまう。だからこそ、コントの場合は、その世界をつなぎとめるために、ある程度鮮やかな構造や、分かりやすいキャラなどが必要とされるのではないか?と思います。

しかしKOCを見て、コントはネタが拡散しやすい傾向にあるためか、それをつなぎとめるために、異常なくらい構造が鮮やかなもの、キャラが立ちすぎているものなどあり、バランスが難しいなあと思いました。
ある程度しっかりした構造がなければ、鑑賞に耐えうる強度がないけれど、そればかりでは、どこかクールすぎ、鑑賞者を突き放すようなものになってしまう。キャラが強すぎても、どこか暑苦しくて居心地が悪い。

未だ漫才もコントも見ながら勉強中ですが、うまさとおもしろさを両立するのはげに難しい。
とりあえず漫才は集約、コントは拡散!と思ったのでした。

9/9 紅十初日観戦!

御茶ノ水男子ファンになってから、もっぱら漫才派だった私もコントに開眼しつつあるわけですが、コント師の出る演劇の舞台はやっぱりイイネ!ということで、行って参りましたよ!

『紅十』

やはりコントの上手い方は世界感を演技で作り上げるのが上手なので、チーモンが出ている神保町花月の舞台とは違った楽しみ方が出来ます。結局のところチーモンの演技は、チーモンなのです。ですが、コント師は別人になる技術に長けていますから、鑑賞者としても、劇の作り上げられた世界へ没入することが容易かったです。

お話としては非常にシンプルな、一人の女、紅子を巡る十人の男の恋愛悲喜劇です。構造として、お話としても本当に分かりやすく、展開も予想を裏切る部分は一切ない。それでもおもしろかったのは、それぞれのキャラクターがしっかり立っていて皆演技派だからですね。不覚にも泣きそうになる場面が数カ所ありましたよ!シンプルな話だからこそ、どなたが見ても感情移入したりしやすいのではないでしょうか。

で、御茶ノ水男子なわけですが、さとう氏が今回は周りとは少し異質な役回りで、キーパーソンという感じ。とても自然でうまかったですね。以前から彼は演じるとずっと役に入ったまま、細かい演技をし続けていて、すごいなあと思うのですが、今回も本領発揮!ステキでしたねえ。

で、しいはし氏はお約束のがっつりメイクを決め、もともと過剰な設定の役を、さらに過剰に過剰にうざったく演じていました!アクションも派手で、しつこくておかしかった!でも、泣かせる切ない演技もばちっと決めて私の涙腺を刺激してくれましたよ。

そしてなんといってもシソンヌの二人がとても演技派。噂には聞いていましたが、こんなに舞台に映えるとは!じろちゃんのオカマはもう一級品。なんであんなにかわいらしく見えるのか!衣装も60sでお洒落で美脚でたまりませんでした!

と、いうわけで、誰しもが楽しめる話を魅力的なキャストでがっつり固めるという基本を押さえた舞台なので、キャストのファンで悩んでる方は是非足を運んでみてください!

にしても、あれだけステキな男子にモテまくってみたいもんだよ!と思ったのはここだけのお話w(そういう構造は今時の少女漫画原作ドラマとかの十八番ですわねえw)